東京大空襲69周年…朝鮮人死亡者1万人慰霊祭

4272“私の生きた故郷は花が咲く山奥. 桃の花あんず花…”
1945年3月10日‘東京大空襲’時亡くなった1万人余りの朝鮮人を追慕するために100人余りの韓国・日本・在日朝鮮人が1日日本、東京苦土区に位置した‘東京大空襲・転載資料センター’に集まった。東京朝鮮第2小学校学生キム・ヨンス(12)君など4人が悲しい声で<故郷の春>を呼んで亡くなった方の御霊を慰労した。 春がふわりと近づいた東京にはこの日行く雨が降った。

東京大空襲が広がった3月初めが近づけば日本あちこちで大小の追悼行事が開かれる。 空襲当日である10日スミダグに位置した‘東京都違令当たり’では追慕法会が進行されて、色々な団体で当時ことを忘れることは止めようという意で生存者を招請して証言大会も開催する。 先月28日には<エネイチケイ>(NHK)が空襲69周年をむかえて‘生命の被災地図-東京大空襲の真実’という特集放送も送りだした。

しかし東京大空襲で亡くなった多くの朝鮮人がいたというのは永らく忘れられた主題であった。 これらの理由が歴史の全面に再登場したことは去る2005年末からだ。 総連系列である二日だけ‘東京朝鮮人強制連行真相調査団’(以下調査団)事務局長を中心に朝鮮人被害者に対する真相調査がその頃初めて始まった。

これらは調査過程で1974年3月美濃部リョウキチ(1904~1984)が東京都知事だった時期作成した<前後30年-東京都違令当たりに寝ついた戦災死者>名簿を捜し出した。調査団はこの名簿の中で創氏改名はなったが朝鮮の人の名前としか見られない名前50個を捜し出した。 また、1991年日本政府が韓国に渡した‘被徴用死亡者名簿’で大空襲当日である3月10日空襲が集中した深川で同じ日一時に亡くなった123人の名簿を選び出した。 調査団はこのような資料と1945年9月現在の東京の朝鮮人転載者数(4万1300人)等を総合的に検討して大空襲の時亡くなった朝鮮人が1万人に達するという推定値を提示している。 以後調査団は2006年から毎年朝鮮人犠牲者のための慰霊祭をすごした。

調査団が現在の注目するのは北朝鮮にある日本人遺骨問題を置いて3日中国、瀋陽で開かれる北朝鮮と日本の赤十字社会談だ。 この日慰霊祭に参加した芦澤カズあき渋谷区区議員(民主党)は“北朝鮮にある日本人遺骨に対する遺族たちの参拝は許されているけれど、日本にある北朝鮮出身者遺骨に対する参拝はなされていない”としてこの問題を解決したいという意向を明らかにした。 北朝鮮出身者の遺骨(431位)が保管されたところは東京の査察祐天寺だ。 こちらには一時朝鮮人軍人・軍属の遺骨2328位が祭っていたが、韓国出身者などの遺骨は政府が日本と交渉を行って2010年まで全部お連れして現在は北朝鮮出身者などの遺骨だけ残っている。

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